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学びに優劣なんてないから。どんな選択もつながっていくと、カナダの職業教育が教えてくれた。【アプレンティスシップフォーラム 岡部敦さん講演レポート】

2024年1月27日、一般社団法人アスバシと一般社団法人Foraは日本初となる「アプレンティスシップフォーラム」を開催しました。

「働きながら学ぶ」という選択、アプレンティスシップ。日本での実例は少ないものの、いまの日本でこそ必要とされているのでは、と日本版アプレンティスシップの可能性を考えるべく、有識者の講演や実証事業の紹介、ワークショップなどが行われました。

今回は、カナダのアプレンティスシップを研究されてきた、清泉大学准教授の岡部敦さんの講演「アプレンティスシップの可能性~カナダ・アルバータ州の事例から~」の内容をお届け。

カナダにおける学びの場を通じて、日本でのアプレンティスシップのあり方を考えていただきました。

 

就職や転職など、「働く」における転機で悩んでいると、「いろんな生き方があるからね」と言われることがあります。あなたが選んだのなら、どんな道でもいいんだよ、と。

 

たしかに、いくつもの転機を経て、さまざまな人と出会ったあとなら、決まったルートなんてないんだと思えるかもしれません。けれど、就職するタイミングでそれを知っていたでしょうか? 学校にいるときは? いろんな生き方って、本当にあるの?

 

複数の道を知っていないと、たとえば「みんな大学に行くから、私もそうしよう」や「工業高校だから、卒業したら就職だよね」など、大通りとされる選択へ足が向いてしまう気がします。それだけで安心できる大通りなんて、本当はないはずなのに。

 

どんな道でもいい。自分自身でそう思えるための、そして、誰かにそう伝えるための学びの場が必要なのではないか。

  

そういった場の一例が、今回の講演で岡部さんに伝えていただいたカナダでのアプレンティスシップでした。さまざまな学びをつなげていく実践がそこにはある。じゃあ、日本ではどうしたらいいんだろう。

 

このレポートを通じて、みなさんと一緒に考えさせてください。

 

 

岡部 敦(日本キャリア教育学会理事。清泉大学人間学部心理コミュニケーション学科 准教授)

北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了・博士(教育学)。北海道の公立高校及びカナダ・アルバータ州の公立高校教諭として勤務したのち、札幌大谷大学社会学部准教授を経て本年度より現職。専門は、教育行政学、教育制度論、キャリア教育。

主な著書に『高等学校から職業社会への移行プログラムに関する研究-カナダ・アルバータ州の高校教育改革』、共著に『教育機会保障の国際比較: 早期離学防止政策とセカンドチャンス教育』ほか。

 

 

職業教育は“劣っている”、のか?

 

講演は、今回の内容の核ともなりえる単語からはじまりました。それが、“inferiority”。あまり耳慣れない単語ですが、直訳すると「劣っていること」という意味になります。

「日本と同じように、アルバータ州の高校も大学進学を目的とする学校と、農業や工業、商業のような特定の目的のための高校に分かれていました。けれど、1935年に統合されていったんです。

それは、大学進学に向けた教育と職業教育だと、多くが大学進学を選択していたから。この背景には、職業教育がアカデミックな学びに劣ったものである、という認識があります。この認識自体を、なんとかしないといけない」

 

親御さんも学生さん本人も先生方も、高校卒業後の最適な進路は大学進学である、と考えているのではないか。これは日本の現在にも当てはまる気がします。

 

なんとなく抱えている、職業教育の<“inferiority” = 劣っていること>。いったいなににおいて劣っているんだろう。優劣はあるんだろうか。

 

けれど、その認識を示すように、職業教育を選択する人の多くは労働者階級の子弟で占められていると、岡部さんはおはなしします。

 

「こういった差別的な状況をなんとかするために、職業教育のカリキュラム改革が必要なんです。従来の職業教育は、仕事のための学びでした。それを、仕事についての学び、仕事を通しての学びへと変えていかなければいけない」

 

岡部さんのスライドには、「vocational educationからapplied learningへ」と記されていました。「知識や技能の習得のための学び」ではなく「理論と実践を行ったり来たりする学び」と言えるかもしれません。

 

それはつまり、教室で学んだ理論を、実際に手を動かす実践に応用すること。そして、実践を通して、理論の重要性に気づき、それが教室での学びへのモチベーションになるという両方向があるということ。

 

職業教育で得るものは、特定の分野でのみ役に立つ知識や技能ではなく、人生へと広くつながっていく。その認識が、職業教育の“inferiority”を変えていく鍵となっていきます。

 

「いま、人口動態に起因するこういった変化を迎えつつある。これを私は令和の転換点と呼んでいます。人類がまだ生きたことのない社会です。なにが起こるかわからないこの社会は、本当に生きていけるかどうかも含めてわからない。この産業構造の大きな転換は、教育現場と社会との関係性も変化させていきます」

 

カナダのアプレンティスシップは、産業と教育の交差点から。

 

 

職業教育のカリキュラム改革としての可能性を、岡部さんはアプレンティスシップに見出しているとのこと。では、カナダのアプレンティスシップはどのようなものなのでしょうか。

「カナダでアプレンティスというと、トレードと呼ばれる職業に関係してきます。これは、自動車整備工や美容師、調理師など、手に職をつけていくような職種。

こういった職に就くためには資格をとらないといけないんですが、この資格を取得するための研修実習生が、アプレンティスと呼ばれています」

アルバータ州の高校において興味深いのは、資格を取得するための研修によって、高校卒業に必要な100単位のうち、40単位ほどをまかなえるということ。

 

そもそもアプレンティスシップが学校に組み込まれはじめたのは、1991年ごろだったそうです。

 

カナダにおけるアプレンティスシップは、カナダ国鉄がスキルを持った労働者を養成するためにはじめたもの。それが、連邦政府の補助金対象となり、アプレンティスシップという制度が確立していく。けれど、それはあくまでも企業としての取り組みでした。

 

「アプレンティスシップが広まると、学校になんて行かず、アプレンティスシップで職能資格を取った方がいいじゃん、って人が増えたんですね。でも実際には、社会の高度化にともなって、基礎的な学力は当然必要になってきます。

そこで、高校修了率を上げようという狙いもあって、1991年にさまざまな州でアプレンティスシップが学校のなかに導入されていった。

それは、スキルを持った人を増やすという産業界からの要請でもあり、教育界からの学びの機会保障のためのものでもあったんです」

アプレンティスシップは、そもそもの成り立ちが産業と教育の交わりにあった。この視点は、これからのアプレンティスシップを考えていくうえでも大切になりそうです。

 

誰しもが学んでいけるために

 

学びの機会保障の仕組み。その必要性は、別の要素からも考えることができます。

 

 

ひとつは、アプレンティスシップは過酷だということ。岡部さんが言及していた学校でのアプレンティスシップは、正確にいうと一部分でしかありません。資格をとるには、1500時間ほどの実習や研修を、4回にわたって繰り返さないといけないそう。すぐに貰えるわけではない。

 

「思っているよりも過酷なんですよね。途中で離脱してしまう人も多く出てしまう。けれど、その1期目を高校生のうちに修了できることが大きいんです。学生だからこそ、高校の先生がついてくれていて、挫折する前にケアしてもらえる。

少し逸れてしまいますが、映画スター・ウォーズでは、修行している人たちを指して、”apprentice”という単語が使われています。そして、あのダース・ベイダーもアプレンティスだったんです。けれど、修行の途中で離脱してしまい、ダークサイドに堕ちてしまう。訓練は厳しいんです。

もし隣にカウンセラーがいたら、ダース・ベイダーはいなかったんじゃないか。そう考えると、高校生のうちに長期間の訓練をはじめられる意味は大きい」

 

そして、もうひとつは、学びながら賃金を得られることに加え、高校卒業時にアプレンティスシップの1期目を修了すると、1,000カナダドル(約10万円)の奨学金が授与されること。成績優秀者には倍の2,000カナダドルが授与されます。

 

「貧困世帯にいる子どもたちにとっては、非常に魅力的なプログラムですよね。アプレンティスシップが学校に導入される際には、パンフレットに“earn while learn”と書いてありました。最近ではこの表現は使われなくなっていますが、このように生徒を引きつけようとしたんです」

 

工夫しつづけて、仕組みになっていく。

 

アルバータ州でのアプレンティスシップが対応する職種は67種。いまも少しずつ増えているとのこと。多面的な魅力のある制度ですが、岡部さんは課題にも言及します。

 

 

「脱落する人が多いことに加え、高校段階で職種を絞り込む難しさもあります。途中で路線変更はできますが、それでも具体的な候補がないとアプレンティスシップには参加できません。

大きなハードルですよね。実際、1990年代後半に私が調査を依頼した段階では、参加者はひとつの高校に1人や2人くらい。本当に少なかったんです。また、地域によっては生徒の受け入れ先の確保が難しい場合もありますね」

 

仕組みは、つくって「はいおしまい!」ではありません。より良くしつづけることで、受け入れられる仕組みになっていく。だからこそ、アルバータ州でも、さまざまな工夫が行われています。

 

アプレンティスシップのお試しプログラムをつくった州の教育委員会があったり、学外の教育を担当する教員を学校に配置したり。学校と企業との連携をサポートするNPOもあるんだそう。

 

「州内の各地区の学校会場で、イベントを開いているところもあります。体育館にぎっしりといろんな企業が来るんです。夜の体育館に、生徒たちも親御さんも集まって、企業ブースを回っていく。

そこでは、企業の人たちが『ウチではこんなことをやってるんだ』と熱っぽく語ってくれます。本当に熱気が漂っているんです」

 

日本で行われている、いわゆる合同説明会とは雰囲気が異なるように思えます。それは、企業と学生だけではなく、学校や地域も前のめりになっている場だからかもしれません。

 

網目のような人生は、さまざまな学びで編まれていく。

 

アプレンティスシップには、立場や役割をこえてつくられた学びがある。では、その学びはどう活きていくのか。そこに、職業教育の“inferiority”を拭っていくヒントがあるはず。

 

まず岡部さんは、高校でのアプレンティスシップ履修者の声を紹介してくれました。

 

履修者の声
「学校の数学の授業は、4つの必修科目の一つなので、僕たちは行かなきゃならないけど、ここで学ぶものとはぜんぜん違う。ここでは、僕らが将来就く仕事で必要となるようなことを学んでるんだ。でも、学校での数学の授業に出る意味はあると思ってる。知識を得るのはいいことだからね」

 

「これは非常に重要な発言ですよ。リアルな場での学習は、理論と実践の統合を実現しているということなんです。

そして、この統合は職場で生まれていますから、プライドを持って働いている人たちに触れるという、キャリア形成の機会にもなっています」

 

さらに深い学びの意味としてスライドに投影されたのは、アルバータ州の進路指導資料に載っている図。

 

「多くの人は、キャリアパスを一本道だと思っている。学校を卒業して、どこかの大学に入って、就職して、リタイアしてそれで終わり。でも実際は下図のように、入り組んでいるんだよ、と。

2018年の進路指導資料の中には、キャリアプランニングとは一度限りの決定ではなく、将来通じて何度も繰り返すものだ、常に物事が変化する社会では、あなたのキャリアパスも何度も変わる、とも書いてあります」

 

例えば…と紹介された実例は、高校時代に勉強をしておらず、卒業後に道路工事のバイトをしていた男性。このままじゃ良くないとアプレンティスシップに参加し、そのまま資格を取ったんだそう。そして、大学へ入りなおし、教員免許を取得。高校教員として働いたのち、大学院へと進学。

 

「こういうキャリアパスもあるんです。アプレンティスシップを大学進学後にやる人もいるし、アプレンティスシップをやってから大学進学することも可能です。

つまり、別々じゃないんですよね。さまざまな学びがつながっていくんです。職業教育とアカデミックな学び。これらのあいだに優劣が存在するかどうか。多分、存在しないんです。存在しないようにしていかなければいけない」

 

簡単じゃないから、学校が、企業が、地域が学びをつくっていく。

 

ここまで紹介された、カナダのアルバータ州におけるアプレンティスシップ。この実例を知ったわたしたちは、ここ日本でどのように活かせるのかを考えなければなりません。

 

(講演の内容を描いたグラフィックレコーディングが場を生んでいました)

 

岡部さんが引いた補助線は、人口減少地区の教育でした。

 

「私がいま住んでいる長野県は人口減少地区ということもあり、高校のない市町村は50.6%にものぼります。

高校が統廃合していく流れには、農業や商業、工業、水産などの職業高校が消えていき、普通科と統合される一定のパターンがあります。普通科に比べて設備維持などのお金がかかることもあり、職業教育から消えていくんです。

こうして地域から高校が減っていくと、この地域の若者はさまざまな学びから排除されます。例えば北海道だと、隣町まで100km超えているところもある。通うことはできません」

 

学びの機会がなくなれば、若者は地域の外に出るしかなくなってしまう。その先では、地域内での人手 不足、地域経済の衰退、人材難による倒産…とドミノ倒しのようにつながっていく可能性も。

 

人口は減っていきます。学校という学びの場を維持するのは難しくなっていく。それでも、地域のなかで学びの機会保障をどう進めるか。その道のひとつがアプレンティスシップなのではないか、と岡部さんはおはなしします。

 

「学校だけではなく、地域が学びの場になっていかないといけない。そのためには、地元の企業が教育に参加する必要があります。そして、学生自身が地元の企業や自治体のことを知り、何が課題かを認識し、当事者としてかかわっていく。

アプレンティスシップには、そんな体験を通じた学びの場になっていく可能性があります」

 

 

「ここで大切なのは、職業訓練ではないという認識です。あくまでも、学びの場。

既存の社会で求める人材像に若者を当てはめるのではなく、若者と課題を共有する。そして、若者が受身ではなくて、当事者になる。企業も地域も、社会全体の利益を考え、教育的な眼差しで若者をみる。

教育とは、もはや学校の中だけで提供されるものではない。地域が教育をつくるんです。企業も教育をつくっていくことになる。そうならないといけない。

そういう意味で、アプレンティスシップは一つの方向になると思っています。学びの意味を認識し、主体的な学習者となって、主体的な労働者となることで、教育基本法第1条に書いてある『平和で民主的な国家及び社会の形成者』へとつながっていくのではないでしょうか」

 

 

自分たちが暮らす地域のなか、実社会での体験から学んでいく。まさに、<“applied learning” = 抽象的な概念を実際の場面に当てはめていく学び>です。

 

そこには、アカデミックな学びと職業教育のあいだの優劣は存在せず、互いにとけあった学びがある。その先では、心から「どんな道でもいいんだよ」と思えるのかもしれません。

 

学校だけでなく、地域や企業、家庭も含めた、あらゆる立場のみんなでつくっていく学び。遠く離れたカナダの地では、そんな場が少しずつ編まれていっている。それを知ったいま、ここ日本で、わたしたちが暮らしている街で、どうしていけばいいだろう。

 

このレポートが、新しい学びの場を形作っていく一本の糸になると願って。そしてみなさんと、その糸を撚り合わせていけたら嬉しいです。